National Day Rally 2026から読み解く人材戦略の変化 シンガポールが目指す、これからの成長とは

2026年8月23日、ローレンス・ウォン首相によるナショナルデー施政演説「National Day Rally 2026」が行われました。
毎年さまざまな施策が打ち出されることから、国民の注目も集める本演説。
今年も少子化対策としての育児休暇の拡充や育児支援策、ジュロン島の拡張など、幅広いテーマについて発表がありました。
その中で今回特に注目したいのは、個別の雇用制度の変更というよりも、シンガポールが今後どのような成長を目指していくのか、その方向性がより明確に示されたことです。
ウォン首相は、今後シンガポールの人口、そして労働力人口の伸びがこれまでより緩やかになるとの見通しを示しました。
また外国人材についても、国内の労働力を補完し経済を支えるため、今後も受け入れを続ける一方で、その規模は慎重に管理していく方針を示しています。
こうした中で、これからの成長を支えるためには、単に人材の数を増やすだけではなく、テクノロジーや生産性の向上、そして一人ひとりの能力をさらに引き出していくことが重要になると述べました。
つまり、シンガポールは「人を増やす」ことだけに依存するのではなく、限られた人材をいかに活かし、組織全体の能力を高めていくかという方向へ、より大きく軸足を移していくことになりそうです。
この方向性は、シンガポールで事業を展開する企業にとっては、今後の採用や人材育成、AI活用を考える上でも、見逃せない変化と言えるでしょう。
今回は、National Day Rally 2026の内容をもとに、今後の人材戦略について考えてまいります。
※本記事は英語・中国語でもお読みいただけます
【目次】
1. 今後、シンガポールの労働力人口の伸びはより緩やかに
2. 外国人材は慎重に管理していく方針
3. 「採用人数を増やす」から「組織の能力を高める」へ
4. AIは「導入すること」ではなく、「仕事のあり方を変えること」
5. シンガポールを拠点に、地域とどうつながるか
6. 多様な人材を「どう組み合わせるか」が重要に
7. National Day Rally 2026から読み取れる5つのポイント
8. シンガポールで働く人にとっても重要な変化
9 最後に
1. 今後、シンガポールの労働力人口の伸びはより緩やかに
演説の中でウォン首相は、シンガポールが直面する人口動態の課題について言及しました。
出生率は人口維持に必要な水準を大きく下回る状況が続いており、今後も新たな市民を適切かつ持続可能なペースで受け入れていく考えを示す一方、シンガポール全体の人口そして労働力人口の伸びは今後さらに緩やかになると述べています。
これは一時的な景気変動ではなく、人口構造に関わる長期的な変化だと言えるでしょう。
もちろん、人材採用ができなくなったり、企業活動や経済成長が止まるわけでもありませんが、これまでのように労働力人口が継続的に増えていくことを前提に、必要な人員を追加して事業規模を拡大するという考え方だけでは、今後対応しにくくなる可能性があるということが示唆されました。
事業の成長に合わせて採用を増やすことに加え、一人ひとりがより大きな価値を発揮できる組織をどのようにつくるかが、これまで以上に重要になっていきそうです。
2. 外国人材は慎重に管理していく方針
演説では、外国人政策についても言及がありました。
ウォン首相は、外国人材が今後も経済を支え、国内の労働力を補完する役割を担う一方で、その受け入れ規模については慎重に管理していく考えを示しました。
また、国民が社会の多数派であり続けるという基本方針は維持しつつも、シンガポールが開かれた多民族・多国籍社会としての特性を大切にしていく姿勢も強調しています。
今回の演説で、Employment Pass、S Pass、Work Permit、ONE Passなどの制度変更の発表はありませんでした。
このため、厳密には「外国人材の受け入れを急速に厳格化する」という新たな方向性が示されたわけではありません。
しかしその一方で、今後人材不足への対応を単純に外国人材の受け入れ拡大だけに頼ることも難しいと考えられます。
必要な専門人材を戦略的に採用しながら、社内の人材育成や定着、生産性向上にも取り組んでいくー。
今後は、こうした複数の選択肢を組み合わせた人材戦略がより重要になることが予想されます。
3. 「採用人数を増やす」から「組織の能力を高める」へ
今回の施政演説から読み取れる最も大きな変化の一つが、「Headcount Growth (人員の拡大) 」から「Capability Growth (組織の能力向上) 」へのシフトです。
ウォン首相は、今後の成長のより多くの部分をテクノロジーや生産性の向上、そして一人ひとりが持つ可能性を最大限に引き出すことによって実現していく必要があると述べました。
企業に置き換えて考えると、これは単純に「人を採用する」ことだけではなく、次のような取り組みの重要性が高まることを意味しています。
・業務プロセスそのものを見直す
・新たなスキルを身につける機会をつくる
・社内での異動やキャリアの選択肢を広げる
・経験を持つ人材の定着につなげる
・テクノロジーと人材育成を一体的に考える
単純に採用だけによって人員不足を補うだけではなく、新たに迎える人材がどのような能力を組織にもたらすのか。
そして、既存社員の能力をどう伸ばしていくのかまでを含めて考える必要がありそうです。
実際、JETROが2025年12月に発表した「2025年度 海外進出日系企業実態調査 (アジア・オセアニア編) 」のシンガポールに関する結果では、投資上のリスクとして「人件費の上昇」を挙げる企業が91.3%と最も多く、「ビザ・就労許可の取得難易度」を上回ったという結果があります。
人材を確保することだけでなく、採用した人材が長く活躍し、その能力を十分に発揮できる環境を整えることが、より大きなテーマになっていることがうかがえます。
4. AIは「導入すること」ではなく、「仕事のあり方を変えること」
今回の演説では、AIについても具体的に触れられました。
ウォン首相は、演説でAIが単に質問に答えるツールから、実際にさまざまな業務を代行する「AIエージェント」へと進化していることを紹介しました。
また、同演説の中では、イベント事業を運営する小規模企業がマーケティングやオペレーションなどの定型的な業務にAIを活用している事例も紹介されました。
この例からは、AIによって単に業務を自動化するだけではなく、AIが担える業務を整理することで、「人がより付加価値の高い仕事に時間を使えるようにすること」が重要だと読み取れます。
企業においても、AIを一つのツールとして導入するだけでなく、例えば、 どの業務をAIに任せるのか、その結果、社員にはどのような仕事を担ってもらうのか、また新しい業務に必要なスキルをどう身につけてもらうのかといった点まで考える必要があります。
つまり、AI活用はテクノロジーの話だけではなく、業務設計や人材育成、組織づくりの話でもあるということが言えます。
また、演説では自動運転車の導入について、影響を受けるドライバーへの再訓練や支援にも触れられました。
新しい技術を導入する際には、「何を効率化するか」だけではなく、その変化の中で社員がどのように新しい役割へ移行していくのかまで考えることが、持続的な変革につながるのではないでしょうか。
5. シンガポールを拠点に、地域とどうつながるか
今回の演説では、より不確実性を増す国際情勢についても言及されました。
米中関係や関税政策、中東情勢などを背景に、世界的に先行きが見通しにくくなる中で、シンガポールは国際的なつながりを維持し、ASEANや各国との連携を深めていく方針を示しています。
ウォン首相は、シンガポールが長年築いてきた信頼について、「国々が私たちを信頼している。企業が私たちを信頼している。投資家が私たちを信頼している」と述べました。
また、シンガポールは来年、ASEAN議長国を務める予定です。
シンガポールを地域統括やASEANでの事業展開の拠点として活用する企業にとっては、労働コストだけではない価値を改めて考える機会になるかもしれません。
政治的・制度的な安定性、法制度、そして地域とのつながり。
こうした環境は、世界経済の不確実性が高まるほど、その重要性を増していくと考えられます。
JETROの調査でも、シンガポールに地域統括機能を置いている企業は37.8%、今後設置する予定と回答した企業を含めると、およそ半数にのぼっています。
人材戦略について考える際にも、シンガポール拠点だけを見るのではなく、日本本社やASEANの各拠点との連携を含めて考えることが、今後ますます重要になるでしょう。
6. 多様な人材を「どう組み合わせるか」が重要に
シンガポールの状況をふまえると、今後は人材戦略を考える際「現地人材か、外国人材か」といった二択で考えること自体が、あまり意味を持たなくなっていくかもしれません。
シンガポール市場や地域事情に精通した人材、日本本社との連携や国境を越えた調整を担える人材、ASEANでの事業経験を持つ人材、そして特定の専門性を持つ人材など、それぞれが異なる強みを持っています。
大切なのは、どの人材を優先するかということだけではなく、事業に必要な能力を明確にした上で、それぞれの強みをどのように組み合わせるかではないでしょうか。
JETROの調査では、シンガポールでの経営上の課題として「専門職・技術者・中間管理職の確保」を挙げる企業が22.2%、「人材の定着率の低さ」を挙げる企業が29.2%にのぼっています。
採用市場が厳しい中では、一人ひとりの入れ替わりに対応するだけでなく、経験や知識を組織に蓄積していくことも重要です。
そのためには、採用だけでなく、次世代のリーダー育成や社内でのキャリア機会、拠点間での知識共有なども含めて考えていく必要があります。
7. National Day Rally 2026から読み取れる5つのポイント
今回の演説から、今後の人材戦略に関わるポイントを整理すると、次のようになります。

8. シンガポールで働く人にとっても重要な変化
こうした変化は、企業だけに関わるものではありません。
シンガポールで働く一人ひとりにとっても、AIやテクノロジーの活用が進む中で、自分自身の専門性をどのように高めていくかが、これまで以上に重要になるでしょう。
特に今後は、自分の専門領域における知識や経験やAIを実務で活用する力、異なる文化や市場をつなぐコミュニケーション力、そしてシンガポールやASEANなど、複数の市場をまたいで仕事を進める力といった能力が、より重要になると考えられます。
もちろん、特定のスキルがあれば必ず仕事が得られるということではありません。
しかし、定型的な業務の一部をAIが担うようになる中で、人にしかできない判断や調整、専門性、そして複数の人や市場をつなぐ役割の価値は、今後さらに高まっていくと考えられます。
9. 最後に
今回は、National Day Rally 2026から見える、シンガポールの今後の成長と人材戦略の方向性について考えてまいりました。
お伝えした通り、今回の演説では、個別の就労ビザ制度が大きく変更されたわけではありませんが、シンガポールが今後目指していく成長の方向性は、より明確になりました。
これからは、労働力人口の増加だけに依存するのではなく、テクノロジーや生産性の向上、そして一人ひとりが持つ能力を最大限に引き出すことで成長していくことが、これまで以上に重要になっていくと考えられます。
こうした変化の中では、「何人採用するか」だけではなく、今後必要となる能力を早めに見極め、それを外部からの採用と社内での育成のどちらで補うのか、あるいは両方をどのように組み合わせるのかを考えていく必要があります。
また、現地や地域で活躍するリーダーの育成や、日本本社とシンガポール・ASEAN拠点の間での知識・経験の共有、経験を持つ人材の定着、多様な人材とAIを活用した新しい働き方づくりも、今後ますます重要になっていくでしょう。
今回のNational Day Rally 2026は、シンガポールが目指す未来とともに、その中で企業や働く人がどのように変化に向き合っていく必要があるのかを考える上でも多くのヒントを示した演説だったと言えそうです。
今後の採用計画や人材育成、組織に必要な人材について見直しを検討されている企業の皆様は、ぜひ弊社までご相談ください。
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