法人税還付制度から見える、シンガポール雇用政策の転換と日系企業への影響

こんにちは! リーラコーエン シンガポール リサーチャーのShihoです。

今年2月に発表された2026年度シンガポール予算案 (Budget 2026) において、企業向けの新たな支援策として法人税還付・現金給付 (Corporate Income Tax Rebate Cash Grant) の施策も盛り込まれました。

この施策は、世界的なインフレや人件費高騰、事業コスト増加などを背景に企業の負担軽減を目的として導入されるものです。
 

一見すると「企業への減税・給付政策」に見えますが、実際に詳しく見ていくと、「ローカル雇用の維持」「シンガポール人採用の促進」「実態のある事業の重視」という政策的な方向性が明確に示されています。 

特にシンガポールで事業展開を行う日系企業にとっては、今後の採用戦略や組織体制を考える上でも示唆の多い政策といえるでしょう。

今回は、同制度の概要と背景、そして日系企業が押さえておきたいポイントについて整理していきます。


【目次】
1. 注目される法人税50%還付の仕組み
2. 利益が少ない会社でも「最低2,000シンガポールドル」
3. シンガポールが今、企業に求めているもの
4. 日系企業に求められる組織の変化
5. CPFが示す「雇用の実態」
6. 最後に

 

1. 注目される法人税50%還付の仕組み

今回の法人税還付・現金給付の施策 (Corporate Income Tax Rebate Cash Grant、略してCIT Cash Grantと表記) は、企業の規模や利益状況にかかわらず、幅広く支援が行き届くように設計されたものです。

対象となる企業に対して
・法人税の50%還付
・2,000シンガポールドル (SGD) の現金給付
のうち、いずれか高い方が支給される仕組みです。

利益がしっかり出ている企業にとっては税負担の軽減として、また利益がそれほど大きくない企業にとっては直接的な資金支援として機能する内容になっています。
 

そのうち特に注目されるのが、法人税 (Corporate Income Tax) の「50%還付」です。

ただし無制限に還付されるわけではなく、上限は40,000 SGDに設定されています。

例えば、法人税の納税額が10,000 SGDであればその半額の5,000 SGDが還付。

他方で納税額が100,000 SGDの場合、還付額は上限の40,000 SGDにとどまります。

こうした仕組みにより、中小企業にとっては実質的なキャッシュフロー改善につながりやすく、大企業に対しては一定の範囲で支援を行うバランスのとれた制度となっています。

 

シンガポールはもともと法人税率が比較的低い水準にある一方で、近年は企業を取り巻くコスト環境が大きく変化しています。

特に2023年以降は、インフレの進行やオフィス賃料の上昇、人件費の高騰、外国人雇用コストの増加、CPF (中央積立基金) 負担の見直しなど複数の要因が重なり、企業経営への圧力が強まっている状態です。

今回の施策は、こうした環境変化に対する一時的な緩和措置としての意味合いもあると考えられます。

 

2. 利益が少ない会社でも「最低2,000 シンガポールドル」

今回の制度の特徴のひとつが、利益があまり出ていない企業にも配慮されている点です。

法人税還付額が小さい場合でも、一定条件を満たせば最低2,000 SGDの現金給付を受けられます。

ただし給付の条件は細かく設定されています。

・2025年中に
・シンガポール国民またはPR (永住資格保有者) を
・少なくとも1名雇用していること
・CPF (中央積立基金) を支払っていること

このことから「ローカル人材を実際に雇用している企業」を優遇していることが分かります。

それでも「最低限でも支援を行う」というシンガポール政府の姿勢は、当地の企業心理の安定にもつながるものと思われます。

 

一方で、この制度には見落とされがちなポイントとして、「株主兼ディレクターはローカル従業員としてはカウントされない」という点があります。

このため、例えばオーナーが一人で会社を運営しているケースや、社員は家族のみで実質的に雇用がないビジネスについては、制度の対象外となる可能性があります。

単純な給付制度に見えつつも、実際には「雇用の実態」が強く意識されている点が特徴的です。

 

この背景には、近年のシンガポール政府の政策スタンスの変化があります。

かつては、シンガポールに法人を設立すること自体のハードルは比較的低く、拠点を持つことに一定の意味がありました。

しかし現在は、その姿勢が明確に変わりつつあります。

単なる登記上の会社ではなく、
・実際にビジネスが稼働しているか
・シンガポール経済への貢献があるか
・ローカル雇用をどれだけ生み出しているか
といった「実態」を伴う活動かどうかが、より重視されるようになっています。

その結果として、いわゆるペーパーカンパニー的な存在や形式的な進出だけを目的とした企業は、制度面でも評価されにくい方向にシフトしていると考えられます。

 

3. シンガポールが今、企業に求めているもの

今回のCIT Cash Grant施策を理解するうえで重要なのは、これは単なる給付金政策ではないという点です。

本質は、「ローカル雇用を創出している企業を支援する」という明確なメッセージにあります。

Employment Pass (EP) の最低給与引き上げやCOMPASS制度の導入、S Pass基準の厳格化など、近年、シンガポールでは外国人雇用に関する政策が段階的に見直されており、外国人が就労するための制度面でのハードルは着実に上がっています。

その背景には、シンガポール人の雇用機会を守りながら賃金水準を引き上げ、過度な外国人依存から脱却していくという政府の方向性があります。

この流れを受けて企業評価の軸も変化しており、どれだけローカル人材を採用、育成、活躍させているかがより重要な要素になっています。


4. 日系企業に求められる組織の変化

こうした流れは、シンガポールに進出している日系企業にも明確な変化を促しています。

かつては日本人駐在員が中心となり、ローカルスタッフはサポート業務を担い、マネジメント層は日本人が占める…という構造がいわば一般的でした。

しかし現在はその前提が変わりつつあり、ローカルマネージャーの育成や現地採用の強化、シンガポール人の幹部登用、そして長期的な定着を前提とした人材戦略が、より重要なテーマになっています。

特にEP取得の難易度が上がる中で、外国人中心の組織構造だけで事業を運営することは、以前よりも難しくなってきています。

実際、多くの日系企業でローカル営業人材の採用やバイリンガル人材の育成、ローカルリーダーの登用といった動きが進んでおり、組織の現地化は着実に進行しています。

今回の給付制度も、こうした企業の構造転換を後押しする側面を持っていることが垣間見えます。


5. CPFが示す「雇用の実態」

今回の制度を理解するうえで、もう一つ重要なポイントがCPF (中央積立基金) です。

CPFは日本の社会保険や年金制度に近い仕組みですが、シンガポールにおいては単なる福利厚生制度にとどまりません。

政府はCPFの拠出状況を通じて、実際に雇用関係が成立しているか、正式な雇用契約があるか、そしてローカル人材が継続的に雇用されているかといった実態を把握しています。

社会保障制度であると同時に、企業がどれだけローカル雇用にコミットしているかを示す重要な指標でもある、CPF。

今後も、各種の助成金や税制優遇措置において、CPFの実績がより重視されていく可能性は高いと考えられます。

参考ページ:  Employer's CPF contributions (MOMウェブサイト) 

 

6. 最後に

2026年度シンガポール予算案 (Budget 2026) に盛り込まれた法人税還付・現金給付の施策 (Corporate Income Tax Rebate Cash Grant) は、単なる一時的な資金支援ではなく、シンガポール政府が進める雇用政策の方向性を象徴する制度だといえます。

その背景には、ローカル雇用の拡大、実態ある企業活動の重視、そしてシンガポール経済への貢献度を評価する傾向への高まりがあります。

特に日系企業にとっては、「どのようにローカル人材を採用し、育成し、組織に定着させるか」が、これまで以上に重要な経営課題になっていくでしょう。

今後は、単に外国人採用やEP取得に依存するのではなく、ローカル人材を前提とした組織設計や、CPFを含む雇用制度への理解が必須になってきています。


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